大学の授業は,教科書を作る場でもあると私は思う.学生相手に授業内容の分野をまとめて説明資料と課題を作って,全く達成できないから優しくしたり説明を追加したりして,を繰り返して,良い教科書になっていくのだ.教科書の冒頭に,授業資料をまとめたものであるとよく書いてあるから確認してみると良い.有名なものだと,ファインマン物理学がその例だ.
ヒープの再構成が正しく機能すること,行列積の最小計算手順のアルゴリズムが\(O(N^3)\)で動くことの証明を学生に行わせようとして,たしか誰も回答できず,後日自分で証明してみたら,それぞれ5時間と8時間ようする始末だった.GPTに聞いても,曖昧な回答をよこして名言を避け続ける不動産の契約みたいな回答しかせず証明が完成しなかったので,自力でやるはめになった.授業前夜に,模範証明を30分くらいで作ってやろうか,と思い取りかかればこれだけかかって,証明できなかったら格好がつかないと焦りながら結局徹夜で用意したのだ.いやいや,これだけの時間費やしたらすでに格好がついていないが,できないよりは0じゃないのでマシだ.受講生には無茶な課題を出してすまなかったと伝えた.
間違っているかもしれないが,一応間違っていないと自分では確認した.この証明を求めて彷徨う人々の助けになったり,GPTが食らうなり,なにかの足しになれば嬉しく思う. 私はたびたび各大学で公開されている授業資料の解説に助けられてきた.自分では当然と今では思えるものも,当時の私にはたいへんありがたかったので,同じように他の人のために公開しようとおもった.授業資料を作るとか,日本では業績にならない無駄なことであるのだが,そういう無駄の積み重ねで今があるのだから,少なくとも私は無駄だとは思わない.みなさんも公開してほしい.