さて、選挙が始まるな。とにかく行かなければならない。私は教育職だから深いことは述べられないが、選挙に行きましょう、と言うことはできる。選挙面倒くさい、忙しくて考えられない、ならば、友達や家族と同じ場所で良いから投票に行くのだ。統計的にはそれで十分価値がある。選りすぐりの知人が選んだ投票先には、自らの生きてきた過程が多分に含まれている。間接的に自分の意見も反映されるということだ。
一つだけ選挙に行かなければならない例として国債について語ろうと思う。国債は1000兆円を突破したらしい。これがどう言う数字かもやはわからないので定量的に考えなければならない。1億人いるから、単純に割れば、1200万円だ。1億という巨大な数字で割ったのに、なぜまだ1200万残るのだ!?
1兆とはT (テラ)だ。\(10^{12}\)だ。1000兆は\(10^{15}\)、つまりE(エクサ)だ、天文学的な数字だ。一方の1億は\(10^8\)でしかない。指数部だけで桁違いだ。\(10^{15}/{10^8} = 10^7\)だから、やっぱり1千万円だ。そして働ける人は、全体の半分以下だから、一人当たり2千万円を返さなかえればならない、それがこの国の現状だ。これは、家を一つ買うような金額だ。しかもこの直近30年ほどで増えた量だ。今の20, 30代が現役世代であるこの先30年でさらに同じ金額増えるとしたら、どう思うか、家を人生で二つも買えるのか、流石に厳しすぎるだろう。
なぜこの莫大な借金国に金を貸す存在があるかというと、貸した分の元が取れる見込みがあるからだ。そう、借金なのだから、元の取れる使い方をしなければ破産する。ここが大事なことだ。例えば橋作って、移動のコストが下がり橋を作った分の元が取れるとか、そういう政策しないとダメなんだ。駅にエスカレータを作ったら、階段にくらべて国民の健康を害し移動に時間がかかるようになるから、駅のエスカレータは赤字だ。国債は増えても良いけど、生活を便利にするためではなく、経済的に回収できる投資のために使われていなければならない。政策は大事だ。元の回収ができない使い方したら、前述の通り、身を切って支払わなければならない。将来君らの家一軒分が吹っ飛ぶ。ホームレスだ。踏み倒せばOK?そんなの無駄だ。インフレで物価が上がり同じく家ぶんの資産が吹っ飛ぶ。国債安全、無条件でそんなわけはない。
選挙に行かなければ、これは変わらない。行きましょう。