未来から来たAIの日記/024:相談相手

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プログラミング相談室の利用者が今年はほぼいなかった.設定した時間が悪かったのか,プログラミング相談室が悪かったのか,考えつつ,チャッピー(ChatGPT)が普及したことが原因かと思い始めた.

生成AIを使った場合は,その場で文献が生成されていることと同じだから,書籍と同様に引用元を参照できるようにするために,生成された会話内容を一意にURIや内容のすべての掲載により示さなければ文献としての引用にはならず,剽窃になると学生に教えていた.そして,学生は実際に会話内容を掲載するようにだんだんとなってきた.その会話内容から,コンパイルできない,くらいのことだったら対話で教えてくれるようで,今まで相談室に来ていた案件の3割くらいがチャッピーにより解決できていることを今年確認した.私のとある仕事の3割を削ってくれたということだ.それはありがたかった.

まぁ,3割くらいだから,できていない場所も多々あり,チャッピーに聞いてもわからないから諦めたという提出物も多々あり,チャッピーでわからなければ相談室に来てくれたら良かったのにと思う.(もう一度確認したがコンパイルに関してもできるようになる場合は2割程度だった。教えてもらった気になっていると言うのが正しいだろう。生まれてから人にプログラムを教えてもらった経験がないからチャッピー=人間と思い込んで人間に聞いても結果が同じで無駄だと判断してしまっているのだろう。私のところに来れば課題のコードなら10割コンパイルできる。仕事が減ったのは確かだが同時に教育するべき相手を教育する機会を失ったのだ。この世代が就職した時、大学に文句言わないでくれよ。社会がチャッピーがなんでもできると豪語する中我々は精一杯やったよ。)

GPTには悪い面もある.積極的に使おうとする学生の達成度がとても低く,そうでない学生は達成度が高いという状態になっている.できない学生はさらにGPTに頼ろうとする.そして上述した通りGPTに聞いてわからなければ諦めてしまう。能力の格差が広がる循環が出来上がっている.GPTは人の苦手な部分を補完すると期待されていたが,現状できない人間を更にできなくしているだけの結果になっている.優秀な人間の数,つまり課題を完全に解く学生の数にいまのところ代わりはない.業務で使うならいいけれど、発達段階の学生が使うと問題があるのではないか、と私は今年思いはじめた。教育の専門でない政治家たちが大学の教育でGPTを活用せよと命じているが、本当にそれでいいのか。知能の発達の専門家の意見を仰いだのか。小学生にインターネットを無制限に使わせないと言う選択を大体の教育者がしていると思うが、同じ考えを大学生とGPTに対して適用した方がいいのではないか。

ところでこのチャッピー,育てることができるらしい.可愛い喋り方になるようにしたり,絵文字を使った応答にやるようにしたり,色々学生が育てている様子がわかった.