未来から来たAIの日記/023:音楽祭りと教育

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7月15日にThe second international music festival in Hino Campus (IMFHC'2)が開催された.成功したと言っていいだろう.すべての演目が素晴らしかった.

参加した学生は嘘みたいに活き活きした顔をしていた.参加した者同士強固な信頼関係を築き合っている.音楽をさっぱりやめて研究に集中するべきと日々思うが,こういうことがあるのでやめられずにいる.大学教員に着く辞令が家に届いた時,責任の重さに吐き気がし,とっさに楽器をすべて手放して鼻歌さえも禁止したのだが,音楽をやりたいという人に結局教えてしまう.すべての学生が自分のように物事の探求に時間を捧げるわけではなく,これから厳しい仕事漬けの生活を歩んでいくだろう未来を思うと,夢中になれる趣味を与えられるのだから,その機会を無視することが難しい.

音楽は音律や,固有振動,記譜法など,大学レベルの物理,数学の頭を使う.だから,必ずしも高等教育の価値が無いわけでもない.そして今企業が求める教育には大変な効果がある.演奏会というのは相互に協力して作り上げるものだと私は思っていて,用意された企画に自分の出演時間だけやってきてさっと帰る,そういう心持ちでは成功しない.自分の演奏だけではなく相手がどういう演奏しているか良く聞いて,参考にして,次の会でそれぞれの考えを持ち寄って改善していくのだ.学術会議と同じだ.会場の設営や応募の受付など運営業務にも大変な数の人間が必要となる.そういった作業を乗り越えて集まり行われる演奏は自然とこころがこもったものになる,つまり仕事の質を高める責任を知ることができる.人間関係がどのように構築されていくか理解し,舞台に立つための非常な勇気も身につく.企業が求める人間像がここにはあるのだ.無駄じゃないから企業の方々,飲み会を減らしてその分寄付をして欲しい.日野音楽祭ならお望みの根性,主体性,献身性,協調性を持った人間が育つよ.

私としては学生がフェスや室内楽の演奏を目の前で披露してくれることが大変にありがたかった.音楽コンサートに行くには厳しい生活で学生がさまざまな音楽をここに持ってきてくれるのが嬉しかった.自己満足の演奏会ではないため,教職員の人でも楽しめると思う.今後もそういう演奏会にしていってもらいたい.私は委員長をやってくれた学生と以下の自作曲を演奏した.学生に作曲がプロじゃなくてもできるのだと今後教えていきたい.好きに編曲したりして演奏して構わない.

この日の本番には私の合奏の師匠,N先生が音楽祭に駆けつけてくれた.N先生は吹奏楽指導記録(都立秋留台高校 研究紀要第6号)社長訓話などの記事を書いて私に祭りや合奏を教えてくれた.今は名門片倉高校の音楽教育解体に励んでいる近所の高校教師である.教育について多くのことをこの人から学んだ.大学教員は教育の専門ではないから高校教師の知見はとてもありがたい.N先生からしたら私は音楽家として憎きライバルであるようだが,私にとってはとても尊敬する師匠である.

こんな時間割いていないで建前だけ雀の涙みたいな予算を獲得し,研究している感を出せというのが日本の教員に求められることなのだが,もし,予算獲得の時間よりこういった活動に意味を感じてくれるなら,寄付金を送っていただけるとありがたい.これか?.寄付金受け取る体制が整っているのかも怪しい.