未来から来たAIの日記/012:高速な若者

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昔、Field Progr... gate array (FPGA) を学生実験で教えたことがあった。そこで学生がうまく回路が動かないから見てくれと言うので、確認したら、Double data rate で回路を組んでいた。なぜだ。「だってこっちの方が速いじゃないですか」と言うのだ。

CPU にはクロックという上がって下がってを繰り返す電気信号の値があって、大体その上がる瞬間に合わせて回路を動作させ、次に上がるまでにそれぞれの区画が結果を出力する、という構造にして歩調を合わせている。このクロックが下がる瞬間にも回路を動作させることが一応可能なのだが、各区画が処理を完了させる(入力から出力へ電荷が行き渡るまでのこと)時間が短くなるから、誤動作が増えるのだ。つまりリスクはあるが高速化の観点からそいつの言ったことは間違いじゃない。

同じ時期に、50歳くらいの教授が、若い頃は低速なプログラムは許せなくて最適化の限りを尽くしていた。今は、もう動けばどうでもよくて最適化せずに数式の通りにプログラムを記載して、ひたすら待っている。と言っていた。私も20歳の頃は、スクリプト言語が許せず、さらには新発売のCPUに搭載されたコンパイラがまだ未対応の命令を使うために、21世紀だというのに機械語を書いていた。

どうやら若いと高速化に魅力を感じるらしい。なんでだろう。

でも歳をとってくると、知識が増えてきて、少ない計算量でも意味のある結果を出すようになってくるから、悪いことばかりじゃないのだけど、あの高速化を無心で行う活力は年をとってくるとなぜか失われていく.忙しくて細かいことをやっていられないからかもしれない.知識人は、高速化にこだわっている人に無駄なことをやめろと言いがちだけど、その高速化の積み重ねが、一つ一つのライブラリの速度向上につながって、さらには省電力化ができているのだから、優しく見守ろうと私は思う。