「へい、ボブ(仮名)、地震が起きている、イングランドでも地震が起こるのか?」
震度3くらいだ。私が大学の同僚に尋ねると、
「何を言っているんだ、ひろき。ここはジャパンじゃ無いんだ。地震なんか起こるわけないだろう(笑)。人が歩いてるだけだ、大丈夫だ」
気が狂った人間を見るように私へ言い、慰めてくれた。なるほど、人が歩いただけで建物が震度3を達成する。私は確かにイングランドへ来たようだ。
前回の更新から間が開いた。今年は仕事を引き受けすぎて忙しかった。日本の大学教員の仕事の多くは、研究成果どころか自らの業績になんら関係がないのだ。本当に必要な業務のために頑張って断ろう。本当に必要な業務は社会を改善する発見で端的に言えばノーベル賞を取ることだ.国民は日本の科学者が会議の運営に忙殺されることを微塵も期待してないしそんなことしているとは夢にも思っていないだろう。その次に未来の優秀な科学者を教育することだ.そうは言っても、大学の現状は悲惨なものだ。企業のインターンのために学生が大学へ来ない。何のために授業料を払っているのか、そして企業の方々は何のために税金を払い公立大学を維持しているのか、考え直してほしい。日々子どもたちは就活情報に脅迫されインターンへ駆け出していく。そのインターン,2-3社受けて適当なところ入って社会経験得てから転職する,という方法で交換してはどうだろう.この状況に対抗するためにブログを書く。
私は昔FPGAを教えていた経験からFPGAに狂酔している大学へ出張している。ここでFPGAを使った知能、Spiking Neural Netwok の可能性を模索するためにやってきたのだ。早い話がFPGAはノイマン型コンピュータではない.人類が信じてやまないPythonライブラリなど動きはしない.しかしこの難しい話は置いておいて、子供達にEnglandを紹介しよう。国の住みやすさとはなにか,それを守るにはどうすればいいのか,考えてもらいたいからだ.どちらの国が良いか,結論を言えば日本の方が圧倒的に良い。いくらか互いに優れた点はあるけれど、どちらが世界中で騒がれる人間社会の理想系に近いかと言われれば、明らかに日本だ。どれ、車から話そうか。に様子を簡単に示す.
イギリス、ノッティンガムだが、の車は台湾ほどではないが荒い。バスは扉を閉めながら発車し、乗客が慣性力で壁に打ち付けられようと気にしない。道路は車が優先だ例えば甲州街道くらいの広さの道で、稀に青になる歩道を渡ろうと「騒がしい日々に笑えない君に」て歌ったところで赤になるんだ。歌ってみ?どれだけ短いかわかるから。車の信号は赤,黄,青、と変化する。黄色の段階で、みんなエンジンの回転数を上げてロケットスタートの準備をする。この努力を持ってして,渋滞が発生する.渋滞の発生に対しては車の量が支配的なんだろう.
バス停で人の列を見かけないが,並んでいなくても、みんな記憶を頼りに,先に居た人を先に乗らせる習慣があるようだ。日本だと、椅子に座っていて列に並んでいないと、先に乗れないから椅子に座らずみんな立って並び椅子が役に立たなくなるわけだが、この国は椅子に座っていても先にいれば後から来た乗り口の近くにいた人より優先される。椅子が役に立つ仕組みになっている。ちなみに私は平均的に椅子を無駄にしないように,日本では列に並ばず椅子に座り最後に乗る.
バスはほぼ2階建てだ.これのポッターが乗っているバスとすれ違うバスに近い.私はポッターのファンではない.それで,一階がほとんど優先席になっていて,ベビーカー(要するに車椅子)や車椅子を置くために椅子が撤去された空間がある.車椅子は3台まで入る.身体の頑丈な若い連中は迷わず2階へ登る.壁に打ち付けられながら2階へ登ってきた人に席を譲る必要はないから気兼ねなく座っていられる.この仕組みに感心した.
日本のバスだと思いやりを大切にせよと,常識の正義が執行されるほどだが,そもそも気を使わなくて済むこのバスの仕組みは良い.ベビーカー(車椅子)を安心して使えるよ.